かぐや姫も👁かくや秘めけむ
暫し腹を休め、日の暮れるのを見届けてから寝支度を始める。 遠くで夜歩きの旅人たちが何か話しているのが聞こえるが、それもどこからか囁く鈴虫の歌声にかき消されるほど小さい。百目鬼様の言っていた通り、街中と思えないほど静かだ。 布団に身を埋める。百目鬼様が行灯の火を吹き消すと、部屋は暗澹とした暗闇に包まれた。 「おやすみなさい」と遠慮がちに伝えてから私は目を閉じる。 本当に長い一日だった。 こうして視界が黒く染まると、否応なしに今朝のあの出来事が思い起こされる。 私に伸びるごつごつとした手。 洞窟に浮かぶ目。 男に歩み寄る百目鬼様の姿。 かつて人間だったふたつの亡骸。 一つ一つの場面がまるで本の同じ頁を捲るように繰り返される。 声を上げこそしないものの、それらは私の眠りを妨げるには十分だった。 眠れないということを自覚すると次第に焦燥感が芽生えてくる。 なかなか寝付けない。 どのくらいの時が経ったか……繰り返される惨殺の瞬間に耐えかね、私は瞼を持ち上げた。 ふと横へ視線を動かすが、寝床に就いているはずの百目鬼様の姿が無い。 全く気が付かなかった。音を立てていたのかもしれないが、自分の記憶との戦いに夢中で耳に入っていなかったのだろう。 私は体を起こす。縁側の方へ目を向けると、月明かりに照らされてひとつの人影が浮かんでいた。 腕を組んで柱に凭れ、憂うような面持ちで月を見つめている。百目鬼様は私が見ているのに気がつくと僅かに目を落とした。 「眠られぬか」 こちらに視線を向けないまま彼女は尋ねた。 「落ち着かなくて。やはり、今日のことが脳裏を巡ってしまうのです」 「何をか汝がしたりし。弱き汝は、妾が二人を蹂躙するをせむ方無く見たりしのみ。わざと言はば物を借りたるほど」 「……ひとつ、伺いたいのですが」 「言ひてみよ」 「もし、私が抵抗せず、おとなしく連れて行かれていたとしたら。百目鬼様は現れず、二人が死ぬこともなかったのでしょうか」 「えしもあらず」 百目鬼様はきっぱりと言い放つ。 「妾は村にて言ひ伝えらるる『めくら様』にあらず。生贄の有り無しは妾には由無きこと」 のべつまくなしに彼女は続ける。 「また、汝が心構へを思い侮りたるすなわちにて、彼奴ばら徒らになりにき。因果応報なり」 「……」 「堪能しつるか。はや返れ、またの日に名残あるべし。眠るのみだにも身が休む」 「……百目鬼様は眠らないんですか?」 それとも、睡眠が必要ないのか。 人間とは一線を画した存在ということで、体の在り方も我々とは違うのかもしれない。 「妾といへども眠る。妾もまた眠れぬのみ」 そんな私の考えを見透かしたように百目鬼様は呟いた。 「では……差し出がましいようですが、百目鬼様も床に就いた方がよろしいのでは」 「もっともなり。然すがに、妾には取り遣るべき思索ぞある」 重い息を吐き、百目鬼様はこちらに顔を向ける。 「汝が休らひの方が大切なり。またの日も弥遠長き道を行くがね」 また這う這うの体になられては困る、とでも言いたげに彼女は目を細めた。 「う。わかりました……」 「妾もやがて眠らむ」 何も言い返すことができず、私は踵を返して寝床に戻る。ちらと振り返ると、百目鬼様は再び月を見上げていた。まるで竹取物語の一幕のように。 ……なんだか、百目鬼様と話したら少し気持ちが落ち着いた気がする。今日のことについて百目鬼様の口から私の非をはっきりと否定されたからかもしれないし、単純に気持ちを吐き出してすっきりしたからかもしれない。どちらにせよ、私は単純な生き物なのだなと、そう思った。 横になって目を閉じると、先ほどまで寝付けなかったのが嘘のように眠気が押し寄せてくる。それに身を委ね、私はとっぷりと眠りに落ちた。 *Alka*さんの素敵なLoRAをお借りいたしました! *Alka*さん→ https://pixai.art/@alka-kotoriine