あかり
山の奥深くにひっそりとたたずむ、古い木造の屋敷。そこは人間とあやかしの境目に存在する、忘れられた場所だった。 雨がしとしとと降り続く夕暮れ時、俺は雨宿りのためにその屋敷へと足を踏み入れた。青い光に満ちた廊下を進むと、奥の部屋で膝を折り、こちらを振り返る少女の姿があった。 「あら……珍しいお客さまね」 透き通るような水色の短髪に、頭からは神秘的な鹿のような角が生えている。彼女が身にまとう青と紺の着物は濡れたように輝き、周りにはまるで生き物のように光る魚や火の玉が揺らめいていた。 「あ、すみません。雨宿りをさせてもらおうと……」 言葉を詰まらせる俺を見て、彼女はくすりと小さく笑った。その微笑みがあまりに優しく魅惑的で、胸の奥が少しキュッと締め付けられる。 「いいのよ。ここは少し退屈していたところだもの。私はあかり。ねえ、そこの人間さん、私の『火遊び』を見ていく?」 彼女が手のひらをかざすと、手の上の空間から橙色と青の混ざり合った光の魚が現れ、ゆらゆらと泳ぎ始めた。光の粒子が宙に舞い、彼女の白い肌と紅潮した頬を淡く照らし出す。 「きれいだ……」 思わず漏らした声に、彼女は少し満足そうに目を細めた。そして、少しだけ距離を詰めるように身体を寄せてくる。 「ねえ……人間の恋って、どんな味がするの? この光の魚みたいに、温かくて、甘酸っぱいのかな」 ふいに投げかけられた問いと、彼女から漂う青葉のような爽やかで甘い香りに、俺の心臓は跳ね上がった。角を持つあやかしの少女が見せる、どこか幼く、けれど不意に魅せる大人びた表情。 「さあ……どうだろう。でも、君とこうして話している今の感覚なら、少しわかる気がするよ」 照れ隠しにそう答えると、あかりは一瞬驚いたように目を丸くし、それから「ふふっ」と嬉しそうに目を細めた。 「そっか。じゃあ、この雨がやむまで……もう少しだけ、こうして二人でいましょうね」 部屋を満たす青い光のなかで、二人だけの静かで少し甘酸っぱい時間が、ゆっくりと流れていった。