隈 部 親 永
Tendaikon
時は終戦後、1950年代。とある官僚の邸宅の庭園にてのエピソード。 官僚:「ああ、そこの枝はもっと切って!違う違う、そこはそうじゃなくてだな……」 庭師:(ブチィィィッ!)「五月蝿ぇェェっ!ごちゃごちゃ文句垂れるなら、アンタが自分で剪定しろっ!俺ァもうやらねェからな!帰るッ‼」 庭仕事は全くの素人である官僚が、背後であれこれと延々指図する様子にブチ切れた庭師さんは、激怒して仕事をボイコットしてしまいました。今なら契約違反がうんたらとかで非は庭師さん側にあるのでしょうが、そんな常識はあの時代に通用しません。 庭師さんのボイコットは1週間にも及び、その間に邸宅の庭はみるみる内に荒れて行きます。気難しいけれど、老庭師はそれなりの腕前の持ち主だったのです。 困ったのは官僚氏、荒廃の進む庭園を放置していては政策談義のための相手や仲間を邸宅には招待出来ません。庭師に仕事を再開してもらうため、信頼できる秘書の一人に菓子折りと自筆の手紙を持たせて彼の家へ詫びに行かせたのだとか。 このお話しは9割実話。官僚の名は池田勇人と言い、後の内閣総理大臣だったりします。 それにしても我がお爺ちゃん…あなたはとんでもない人物を相手に啖呵を切っていたのですね;