夕食👁可餐
「食事をお持ちいたしました」 声の主は先ほど廊下で見かけた小使の女性だった。彼女は恭しい態度で膳を部屋に運び入れる。 「これほどあって……二人分ですか」 「ええ、そうですが」 きょとんとした表情で返され、自分の顔がかあっと熱くなるのを感じた。 「あ、いえ……なんでもないです」 しまった。 これでは貧乏な田舎者丸出しだ。 しかし驚きには抗えなかった。 それぞれの前に並べられた夕餉は、それで一人分ずつとは思えないほど品数に富んでいる。 村にいたときには一食につき一品、良くて副菜が一品付く程度で、これほどのご馳走は目にしたことがない。 「それではごゆっくりどうぞ」 膳の上に並ぶ品々に釘付けになっている私をよそに、小使は一礼をして去っていった。 「では……食べましょうか」 決まりの悪さを打ち払うように手を叩き、私は箸へ手を伸ばす。百目鬼様はそんな私の様子を一瞥してから食器を手に取った。 先ほど思わず醜態を晒した時点で面目が潰れてしまっているのは言うまでもないが、せめて貪ることのないよう気をつけながら食べ進めていく。 「わあ、美味しいですね!」 「そは近頃なりな」 百目鬼様が鼻を鳴らす。相変わらずの仏頂面だが、その声色は少し得意気に思えた。 「特にこの……これ!ふわふわと柔らかくて、タレも濃厚で……このような料理は食べたことがありません」 「穴子なり」 私の示したそれを同じく口に運びながら彼女は答えた。 「ああ、これが……」 以前、ソウの見せてくれた本にそのような料理が載っていた気がする。食べる様子を想像して生唾を飲み込んだものである。まさか、自分に食べる機会が訪れるとは思ってもみなかったが。 「魚の、蛇に似たるむくろなる。それを開きて蒲焼にするなり」 「百目鬼様は食べたことがあるのですか?」 「一言にては答ふるに能はぬは」 「と申しますと?」 「食ひしおぼえはあれども、自らは食はざりけり」 「よく分からないのですが」 「未だ知らずともよろし。及ばぬ語りなれば」 さりけれど、と百目鬼様は続ける。 「童部。汝は賢し。智のあるのを放ちてもぞ。言ふ甲斐なしと汝を侮りたるにしもあらず。ただ……然かし。汝ならば、暇を伺ひて語るも事よろしからむ」 「そ、そうですか……?では、楽しみにお待ちしていますね」 百目鬼様の口から珍しく飛び出た賛辞の言葉に面映ゆくなり、指で頬を掻きながら私は答える。 先ほどの失態と合わせてなんとなく目を合わせていづらくなり、私は視線を落として食事に集中することにした。 無心で食べ進めていく中、減っていく食事を見て初めて、自分が今……そして今まで空腹だったことに気づく。 並べられた食器はあっという間に空になった。 「ふう、美味しかった。一度にこれほどたくさん食べたのは生まれて初めてかもしれません……」 思い返してみると、今まで真の意味でお腹いっぱいという感覚を味わったことはなかったかもしれない。体調が悪く箸が進まないということはあれど、量で腹を満たすというのは初めての経験だろう。 「またの序には鰻をこそ食はめ。下村より二駅行きつるところに入湊の街ぞある」 「そうですね……あ、いや。百目鬼様とご一緒できるのはソウの所へ着くまででした」 村を発つ前に百目鬼様が言っていたことを思い出す。彼女は私の面倒を見てくれているわけではなく、あくまで同行してくれているだけ。自らの居場所を探す旅のついでだということを忘れてはならない。 「……むむ。少少は身の程を知りたるとや」 「元から弁えていますよっ」 「疑わしくはや」 毒づきながら百目鬼様も食事を進めていく。彼女が私に引き続き夕餉を平らげて一息ついたあたりで、まるで見計らったかのように先ほどの小間使いが現れる。彼女は手際よく二人分の食器を纏めると、「失礼いたしました」と一礼して部屋を出ていった。 *Alka*さんの素敵なLoRAをお借りいたしました! *Alka*さん→ https://pixai.art/@alka-kotoriine

