Parameter anzeigen
- Ursprünglicher Prompt
- 『ソードアート・オンライン・オルタナティブ ~アインクラッド学園と星なき夜の孤独な妖精~』 第3章:高熱の氷姫と、偽りのない温もり アインクラッド学園、保健室。 朝の陽ざしが白いカーテン越しに差し込む中、部屋の奥にあるベッドで、一人の男が呻き声を上げていた。 和人「うぅぅ……頭が痛ぇ……気持ち悪い……」 昨夜、ダイシー・カフェでウイスキーを煽りすぎた結果、和人は見事なまでの二日酔いに見舞われていた。頭の中でガンガンと鐘が鳴り響き、胃液が逆流してきそうな不快感に顔を歪めている。 明日奈「……もう。だから飲みすぎないでって、いつも言ってるのに」 白衣を着た明日奈が、呆れたような、しかしどこか心配そうな目を和人に向けながら、冷たい水と胃薬をサイドテーブルに置いた。 和人「ごめん、アスナ……。少し、考え事をしてたら、ついペースが上がっちまって……ゴクッ、ゴクッ……ふぅ」 明日奈「考え事って、星蘭ちゃんのことでしょう? 和人君、今日の彼女とのデュエル、どうするつもりなの? この状態じゃ、とても剣を振れるような状態じゃないわよ」 和人「……なんとかするさ。俺が言い出したことだしな。あいつのあの目……あのまま放っておくわけにはいかない」 和人は重い頭を振りながらベッドから起き上がろうとした。 しかし、明日奈はその肩をポンと押して、再びベッドに寝かせた。 明日奈「『なんとかする』って……和人君、事の重大さを分かってないみたいね」 和人「え……?」 明日奈「もうすでに、詩乃(シノン)さん、直葉(リーファ)ちゃん、アリスさん、そして木綿季(ユウキ)ちゃんまで……全員、今朝早くにALOで星蘭ちゃんとデュエルをして、敗北したのよ」 和人「なっ……!? あの四人が!? 嘘だろ……!?」 和人は二日酔いの頭痛も忘れ、目を見開いた。 GGOの狙撃手であるシノン、ALO屈指のスピードを持つリーファ、整合騎士の剣技を持つアリス、そして『絶剣』の異名を持つユウキ。彼女たちが負けるなど、通常では考えられない。 明日奈「本当よ。しかも……全員、たった1秒よ。デュエル開始のカウントダウンが終わった瞬間、一歩も動けずにHPを全損させられたって」 和人「たった、1秒……? どうやって……」 明日奈「彼女、とんでもないOSS(オリジナル・ソードスキル)を完成させたみたい。今、ユージオ君が彼女とデュエルをしているわ。和人君も、自分の目で確かめたほうがいい」 明日奈はそう言うと、和人の枕元にあったヘッドギア型VRマシン『アミュスフィア』を手に取り、和人の頭にそっと装着させた。 和人「ユージオが……分かった」 和人はベッドに横たわったまま、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。 和人「リンク・スタート!」 シュゥゥゥゥゥンッ……!! ――仮想世界『アルヴヘイム・オンライン(ALO)』。 光のトンネルを抜け、キリト(和人)は第22層の闘技場エリアへと降り立った。 現実世界の二日酔いの感覚がアミュスフィアの補正を貫通して少し残っているのか、キリトは足元をふらつかせながら、観客席の最前列へと向かった。 キリト「(頭がガンガンする……けど、そんなこと言ってる場合じゃない)」 闘技場のフィールド。 そこには、絶望的な光景が広がっていた。 「……くっ、動けない……!」 ウンディーネの剣士・ユージオ。 彼の手には愛剣『青薔薇の剣』が握られているが、その身体はピタリと静止していた。 いや、静止させられていたのだ。 ユージオの周囲360度、全方位を、システム上には存在しないはずの『透明な片手剣』が、無数に、それこそ数百本という数で取り囲み、刃の切っ先を寸分違わずユージオの急所に突きつけていたのだ。 少しでも動けば、数百の刃が一斉に彼を串刺しにする。魔法を詠唱する隙もない。完全な『詰み』の状態だった。 そして、その無数の剣を操っているのは――。 星蘭「……終わりね」 漆黒のスプリガン、星蘭。 彼女は右手に自身の背丈ほどもある巨大な片手大剣を構え、左手を指揮者のように虚空に向けてかざしていた。 その左手の指先の微細な動きに合わせて、ユージオを囲む数百の透明な剣が、まるで生き物のように蠢いている。 キリト「(あれが……星蘭の新しいOSS……! 魔法による生成じゃない。剣撃の軌跡をシステムに強制的に残存させ、それを遠隔操作しているのか!? そんな常軌を逸した処理、脳が焼き切れるぞ!)」 近距離は極大威力の片手大剣で制圧し、中・遠距離は無数の生成剣で包囲・殲滅する。 あらゆる距離、あらゆる状況に対応する、文字通りの『無限剣舞(インフィニティ・ブレイド・ダンス)』。 ユウキたちでさえ1秒で沈められた理由が、キリトには痛いほど理解できた。 ユージオ「……ははっ、見事だよ。僕の完敗だ」 ユージオは苦笑しながら、降参のウィンドウを操作した。 【Winner:Seiran】 システム音声が闘技場に響き渡る。 星蘭が左手を下ろすと、ユージオを囲んでいた無数の透明な剣が、ガラスが砕けるようにパァンッ! と音を立てて光の粒子となり、消滅した。 星蘭「……つまらない」 星蘭は感情の無い声で呟くと、大剣を背中に収め、メニューを開いた。 キリト「待て、星蘭!」 キリトがフィールドに向かって叫ぶが、星蘭はキリトの方を一瞥しただけで、無言のままログアウトのボタンを押した。 シュゥゥン……と、星蘭のアバターが光となって消える。 続いてユージオも、キリトに向けて小さく手を振りながらログアウトしていった。 キリト「くそっ……!」 キリトも急いでメニューを開き、ログアウトを選択した。 ――現実世界、アインクラッド学園 保健室。 和人はハッと目を開け、アミュスフィアを乱暴に外してベッドから跳ね起きた。 二日酔いの頭痛が激しく襲ってきたが、それを気力でねじ伏せる。 和人「アスナ! あいつ、今ログアウトした! きっと学園のどこかに……」 明日奈「和人君、無理しないで!」 和人がふらつきながら明日奈の元へ歩み寄ろうとした、その時。 ガラッ……!! 保健室の重いスライドドアが、乱暴に開け放たれた。 「……ハァ……ハァ……ッ」 そこに立っていたのは、星蘭だった。 しかし、その様子は尋常ではなかった。 透き通るように白い肌は異常なほど真っ赤に染まり、焦点の合っていない虚ろな瞳は虚空を彷徨っている。 肩で大きく息をし、立っているのもやっとという状態だった。その手には、今しがたまで装着していたであろうアミュスフィアが、力なく握られている。 明日奈「星蘭ちゃん!?」 和人「おい、どうしたその顔……!」 星蘭は、ゆらり、ゆらりと、幽鬼のような足取りで和人に近づいてきた。 星蘭「……ハァ……桐ヶ谷、先生……。次、は……あなた、よ……。早く……デュエル……アミュスフィア、被って……」 和人「お前、その身体で何言って……!」 星蘭が震える指で和人を指さし、さらに一歩踏み出そうとした時。 「星蘭ちゃん!!」 廊下から、悲痛な叫び声と共に澪が駆け込んできた。 澪は星蘭の異変に気づき、慌てて彼女の身体を支えようとした。 澪「ダメだよ、星蘭ちゃん! そんな熱で……! もう休んで!」 星蘭「……っ、触る、な……! 澪、は……関係、ない……!」 星蘭は澪の手を振り払おうとした。 いつもなら、冷たい言葉と共に力強く突き放すはずだった。 しかし、今の彼女には、その腕を振り上げるだけの力すら残っていなかった。 星蘭「……あ……」 パタリ、と。 糸が切れた操り人形のように、星蘭の身体が前へと崩れ落ちた。 手からアミュスフィアが滑り落ち、鈍い音を立てて床に転がる。 澪「星蘭ちゃん!? 嫌だ、星蘭ちゃん!!」 明日奈「星蘭ちゃん!!」 澪の悲鳴が響き、明日奈が弾かれたように駆け寄った。 明日奈は星蘭の身体を抱き起し、その首元と額に手を当てた瞬間、ビクッと肩を震わせた。 明日奈「……っ!? 何、この熱……異常よ!」 澪「どうしよう、明日奈先生……星蘭ちゃんが……!」 明日奈「落ち着いて、澪ちゃん。和人君、体温計を!」 和人が慌てて救急箱から電子体温計を取り出し、明日奈に渡す。 明日奈は手早く星蘭のカーディガンを少し広げ、ブラウスの第一、第二ボタンを外すと、体温計を星蘭の脇の下に挟み込んだ。 少しの間、保健室には星蘭の荒い呼吸音だけが響いていた。 ピピピッ、ピピピッ。 電子音が鳴り、明日奈が体温計の液晶を確認する。 その数値を見た瞬間、明日奈の顔面からサァッと血の気が引いた。 明日奈「……41.9度……!?」 和人「なんだって!? それ、冗談抜きでヤバいだろ!」 澪「41.9度……!? そんな……!」 明日奈「和人君! 星蘭ちゃんをベッドに寝かせてる場合じゃないわ。この熱は病院か……いや、彼女の人間不信を考えると、無理やり病院に連れて行けばパニックを起こしてさらに悪化する可能性がある。和人君、星蘭ちゃんを私の車まで運んで! 澪ちゃんは、星蘭ちゃんのカバンと荷物を持ってきて!」 和人「分かった!」 和人は二日酔いの頭痛を完全に忘れ去り、倒れている星蘭の背中と膝の裏に手を入れると、お姫様抱っこの要領で軽々と抱き上げた。 その身体は、驚くほど軽く、そして火の玉のように熱かった。 和人「(……こんなに軽い身体で、あんな重いものを一人で抱え込んでたのか……)」 和人が保健室を飛び出し、澪が荷物を抱えてその後を追う。 明日奈は白衣を脱ぎ捨て、車のキーを掴んで走り出した。 昼頃。 アインクラッド学園から少し離れた、古びた賃貸アパートの一室。 そこが、星蘭の住む家だった。 ガチャリ、と澪が星蘭のカバンから見つけ出した鍵で扉を開ける。 澪「入ります……!」 和人「失礼するぞ」 和人が星蘭を抱き抱えたまま部屋に入り、奥にある寝室のベッドへ彼女をそっと横たえた。 明日奈「……これが、星蘭ちゃんの部屋……」 明日奈は、部屋の中を見渡して息を呑んだ。 部屋は綺麗に片付いている。ゴミ一つ落ちていない。 しかし、それは「整理整頓されている」というより、「何も無い」といった方が正しかった。 趣味の小物、写真、ぬいぐるみ、そういった高校生の女の子らしい装飾品が一切ない。生活感が、完全に欠落しているのだ。まるで、いつでもこの世界から消えてしまえるように準備しているかのように。 明日奈はキッチンへ向かい、冷蔵庫の扉を開けた。 中は、ほとんど空っぽだった。 賞味期限の切れた安売りの食パンが一切れと、水道水が入ったペットボトル。それだけだ。 明日奈「(……この子、普段何を食べて生活しているの……?)」 胸が締め付けられるような痛みを覚えながら、明日奈はバッグからメモ帳とペンを取り出し、猛スピードで文字を書き殴った。 明日奈「和人君!」 和人「おう、どうすればいい?」 明日奈「今すぐ、近所のスーパーか薬局に行って、これらを買ってきて。急いでね!」 和人は渡されたメモを見た。 『スポーツドリンク(常温と冷たいもの両方)』『冷却シート(大人用と子供用)』『解熱鎮痛剤(座薬タイプもあれば)』『お粥の材料(無農薬の白米、卵、長ネギ、大根)』『消化に良いゼリー(りんご味)』『経口補水液』『柔らかいタオル数枚』『着替え用のパジャマ(綿100%のもの)』……。 和人「分かった、全部揃えてくる。少し待っててくれ!」 和人はメモを握りしめ、弾かれたように部屋を飛び出していった。 和人が出て行った後、明日奈は澪に向き直った。 明日奈「澪ちゃん。和人君が帰ってくる前に、星蘭ちゃんの汗を拭いて、着替えさせましょう。このままじゃ汗が冷えてもっと熱が上がっちゃう」 澪「はいっ……!」 明日奈と澪は、ベッドで苦しそうに荒い息を吐く星蘭の元へ行き、汗で体に張り付いた制服のブラウスとスカートを脱がせていった。 そして、下着姿になった星蘭の身体を見た瞬間。 明日奈「……っ!」 澪「……っ、うぅ……」 明日奈は両手で口を覆い、澪はポロポロと涙をこぼした。 透き通るような白い肌には、目を覆いたくなるような無数の傷跡が刻まれていた。 古い火傷の跡、刃物で切り裂かれたような痕、何度も殴られたであろう赤黒い痣。そして、首元には、鎖か何かで繋がれていたような、悍ましい拘束の跡。 澪から聞いていたとはいえ、実際にその凄惨な暴力の痕跡を目の当たりにすると、言葉を失うしかなかった。 明日奈「……星蘭ちゃん……こんな小さな体で、ずっと一人で耐えてきたのね……」 明日奈は震える手で温かいお湯で濡らしたタオルを持ち、傷跡を撫でるように、極めて優しく星蘭の汗を拭いていった。 (絶対に、この子を救ってみせる。私と和人君で、絶対に……) 身体を綺麗に拭き終え、澪が用意した清潔な下着とパジャマを着せる。 額に冷たい濡れタオルを置き、学園の保健室から持ってきた携帯用の加湿器をベッドの横に設置して、部屋の湿度を上げた。 少しだけ、星蘭の苦しそうな呼吸が落ち着いたように見えた。 それから30分後。近所の大型スーパー。 和人は、買い物かごを両手に提げ、店内を猛ダッシュで駆け回っていた。 SAOを生き抜き、ALOで幾多の死闘を繰り広げた黒の剣士キリト。しかし今の彼は、ただ一人の少女の命を繋ぐために、ネギの鮮度と卵の品質に全神経を集中させる一人の男だった。 和人「(えーっと、次は……お粥の材料! アスナのメモには『無農薬の白米』って書いてあったな。これか。それから長ネギ……どれが一番新鮮だ? 根元が太くて、葉の先までピンとしてるやつ……これだ!)」 ネギを吟味する和人の目は、デュエルで敵の隙を探る時と同じくらい真剣だった。 和人「(次は消化の良いゼリー……りんご味が指定だ。星蘭の奴、何味なら食べやすいだろうか。すりおろしリンゴが入ってるやつがいいか? いや、喉越しを考えてこっちの果汁100%のやつも買っておこう)」 カゴの中に次々と商品が放り込まれていく。 スポーツドリンクは常温と冷たいものを数本ずつ。冷却シート、綿100%の肌触りの良いパジャマ(星蘭のサイズを思い出しながら慎重に選ぶ)、そして薬局コーナーで解熱剤と経口補水液を確保する。 和人「(サチ……お前の時は、俺には何もできなかった。でも今回は、絶対に手の届く距離にいるんだ。絶対に死なせやしない!)」 和人はレジに商品を叩きつけるように置き、財布から札を鷲掴みにして支払いを済ませると、両手に巨大なエコバッグを抱え、全力疾走で星蘭のアパートへと向かった。 夕方。星蘭の住むアパート。 「ハァ……ハァ……! アスナ、買ってきたぞ!」 和人が息を切らして玄関を開けると、キッチンから出汁の良い香りが漂ってきた。 明日奈「和人君、ありがとう! 早かったわね」 明日奈はエプロン姿で出迎え、和人からエコバッグを受け取った。 明日奈「パジャマも肌触りのいいものを選んでくれたのね、完璧よ。ゼリーも二種類……和人君、よく気が利くわね」 和人「おう……それで、星蘭の様子は?」 結城明日奈「今は熱冷ましが少し効いて、眠っているわ。でもまだ40度近くあるの。今から、この子でも食べられそうな栄養のあるお粥を作るわ。和人君と澪ちゃんの夕食も一緒に作るから、少し休んでて」 明日奈は手際よく食材を取り出し、調理を始めた。 和人は澪が待つリビング(といっても小さなちゃぶ台があるだけの空間だ)に腰を下ろし、ホッと息を吐いた。 キッチンでは、明日奈が鍋に無農薬の白米とたっぷりの水を入れ、火にかけている。 (星蘭ちゃん、これまでろくなものを食べてこなかったって言ってたわね。胃腸が弱っているはずだから、味付けは極限まで優しく、でも栄養がしっかり摂れるように……) 昆布と鰹節で丁寧に一番出汁を取り、みじん切りにした長ネギをクタクタになるまで煮込む。そして、新鮮な卵を溶いて回し入れ、最後にほんの少しの塩と生姜の絞り汁で味を調える。 同時に、風邪に効くと言われる昔ながらの『玉子酒』も、アルコールを完全に飛ばして甘く飲みやすいようにアレンジして作った。 「できたわ。澪ちゃん、和人君、二人は先に食べてて」 明日奈は自分と二人のためのおかず(鶏肉の煮込みと温野菜)をちゃぶ台に並べると、星蘭の分のお粥と玉子酒をお盆に乗せた。 感染予防のためにサージカルマスクを着け、明日奈は静かに寝室の扉を開けた。 寝室は薄暗く、加湿器の蒸気がシューシューと音を立てている。 ベッドの上で、星蘭は苦しそうに眉をひそめ、小さく寝返りを打っていた。 明日奈「……星蘭ちゃん。起きられる?」 明日奈はベッドの横に座り、優しく声をかけた。 星蘭「……んぅ……」 星蘭がゆっくりと目を開ける。 熱のせいで深い青い瞳は潤み、普段の氷のような冷たさは微塵もなかった。 病によって強固な心の防壁が完全に崩壊し、彼女の心の奥底に封じ込められていた「甘えたい」「誰かにすがりたい」という純粋な感情が表に出てきていた。 星蘭「……あ……」 明日奈「少しでもいいから、ご飯食べようね。お粥、作ったから」 明日奈は星蘭の背中にクッションを当てて上体を起こし、お粥の入ったお椀を手に取った。 レンゲで一口分をすくい、フーフーと息を吹きかけて冷ます。 明日奈「はい、あーんして」 星蘭はぼんやりとした目で明日奈を見つめ、そして、ゆっくりと口を開けた。 明日奈が慎重にレンゲを口に運ぶ。 温かくて、出汁の優しい味が広がるお粥。それは、星蘭がこれまでの人生で一度も味わったことのない、本当の意味での『手作りの温かいご飯』だった。 星蘭「……おいし、い……」 ポロリ、と。 星蘭の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。 明日奈「星蘭ちゃん……? どうしたの、どこか痛い?」 明日奈が慌ててハンカチで涙を拭おうとすると、星蘭は弱々しい手で明日奈の手首をぎゅっと掴んだ。 星蘭「……行かないで……」 明日奈「……え?」 星蘭「置いてかないで……。いい子にするから……ご飯も、残飯でも食べるから……殴られても、痛いことされても、我慢するから……だから……」 熱に浮かされた星蘭の口から紡がれるのは、幼い頃に両親に捨てられた時の、絶望の記憶だった。 星蘭「……ママぁ……パパぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」 星蘭は明日奈の手を両手で握りしめ、子供のように声を上げて泣き始めた。 その姿は、孤高の最恐プレイヤーでも、氷の優等生でもない。ただ親の愛情に飢え、傷つき果てた、一人の幼い少女だった。 明日奈の胸の奥底で、何かが激しく揺さぶられた。 AIであるユイを自分の本当の娘として愛した、あの強烈な母性が、明日奈の中で溢れ出したのだ。 明日奈「……大丈夫。私はどこにも行かないよ」 明日奈はお盆をテーブルに置き、星蘭を抱き寄せた。 熱い身体をしっかりと抱きしめ、その背中を、まるで赤ん坊をあやすように優しく、規則正しいリズムでトントンと叩く。 明日奈「ママはここよ。ずっと、星蘭のそばにいるからね。もう、痛いことも、怖いこともないよ。星蘭はいい子だもの。ママが、全部守ってあげる」 普段は「星蘭ちゃん」と呼ぶ明日奈が、あえて母親のように語りかける。 その言葉の温かさと、抱きしめられる心地よさに、星蘭の嗚咽は次第に小さくなっていった。 星蘭「……ママ……」 星蘭は明日奈の胸に顔を埋め、まるで甘えん坊の子供のようにすり寄った。 明日奈は涙を堪えながら、星蘭の髪を何度も何度も撫でた。 明日奈「さあ、もう少し食べようね。ママが作ったお粥、美味しいでしょう?」 星蘭「……うん……ママのごはん、あたたかい……」 その後、星蘭は明日奈に食べさせてもらいながら、お粥を半分ほどと、玉子酒を少しだけ飲み込んだ。 満腹感と薬の効き目で、星蘭は再び深い眠りに落ちていった。明日奈の服の裾を、小さな手でぎゅっと握りしめたまま。 明日奈は星蘭の寝顔を見つめながら、静かに決意した。 (この子の心を壊した大人たちを、私は絶対に許さない。そして……この子が心から笑える日まで、私がこの子の『母親』になる) 夜。 星蘭の部屋を出た明日奈は、リビングに戻り、和人と澪と共に遅めの夕食をとっていた。 和人「……寝たか?」 明日奈「ええ。お粥も少し食べられたし、薬も飲んだわ。今は落ち着いて寝てる」 澪「よかったぁ……。明日奈先生、和人先生、本当にありがとうございます」 澪はちゃぶ台に手をついて、深く頭を下げた。 明日奈「頭を上げて、澪ちゃん。当然のことをしただけよ。……ねえ、澪ちゃん。星蘭ちゃんが心を閉ざす前、どんな子だったか教えてくれない?」 明日奈の問いに、澪は少し懐かしそうな、それでいて寂しそうな笑顔を浮かべた。 澪「星蘭ちゃんは……本当は、すごく甘えん坊で、泣き虫な女の子だったんです」 和人「あの星蘭が?」 澪「はい。私と遊ぶ時は、いつも私の後ろに隠れてるような子で。でも、お花が好きで、シロツメクサで冠を作って『澪ちゃん、あげる』って笑ってくれて……。本当に、天使みたいに純粋な子だったんです。だから……ご両親にあんな酷いことをされても、『自分が悪い子だからだ』って、ずっと自分を責めてて……」 澪の言葉を聞きながら、和人は箸を止めた。 (純粋すぎるからこそ、大人の裏切りと悪意をまともに受けすぎて、心が壊れてしまったんだな……) 澪「だから、私、嬉しかったんです。さっき、明日奈先生に甘えてる星蘭ちゃんの声が聞こえて……。昔の星蘭ちゃんに戻ったみたいで……」 澪は涙ぐみながら微笑んだ。 和人「澪。お前がずっと星蘭のそばにいてくれたから、あいつの心は完全に死なずに済んだんだと思う。お前は立派な親友だよ」 澪「和人先生……っ」 夕食後、明日奈は澪を車で自宅まで送り届けた。 深夜。 星蘭のアパート。 澪を送って明日奈が戻るまでの間、和人は一人で星蘭の看病をしていた。 ベッドの傍らに椅子を引き寄せ、洗面器の水を替える。 水で濡らしたタオルを固く絞り、星蘭の額に乗せていた熱いタオルと交換する。 和人「……んしょっと」 冷たいタオルを置かれると、星蘭は気持ちよさそうに「ん……」と小さく寝息を立てた。 和人は、その無防備な寝顔を静かに見つめた。 マフラーで隠されていた首元の痛々しい傷跡。現実の理不尽さを一身に背負ったようなその姿。 和人「(サチ……お前も、こんな風に怯えていたんだよな。現実の死の恐怖に。俺はあの時、お前に『絶対死なせない』って嘘をついた。自分のレベルを隠したまま、傲慢な優しさで……)」 和人は、星蘭の柔らかな黒髪にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。 和人「(でも、今は違う。俺はもう、何も隠さないし、逃げない。星蘭……お前がどんなに俺たちを拒絶して、世界を呪っても。俺とアスナが……いや、俺たち全員が、お前の盾になってやる。だから……もう、一人で泣かなくていいんだぞ)」 和人の手から伝わる温もりに安心したのか、星蘭の表情がわずかに和らいだように見えた。 ガチャリ。 玄関のドアが開き、明日奈が戻ってきた。 明日奈「ただいま。和人君、ご苦労様。澪ちゃん、ちゃんと家まで送ってきたわ」 和人「おう、おかえり。熱はまだ高いが、呼吸は安定してる」 明日奈「そう……よかった。和人君、あとは私が見てるから、和人君はリビングのソファで少し寝てて。明日も学園があるんだから」 和人「いや、俺も……」 明日奈「ダメよ。二日酔いの病み上がりなんだから。ここは『ママ』に任せなさい」 明日奈はふふっと笑いながら、和人の背中を押した。 和人はその言葉に苦笑し、「頼んだ」と言ってリビングへ向かった。 狭いソファに横になり、和人は天井を見上げた。 (明日、熱が下がったら……あいつはまた、氷のような態度に戻るかもしれない。でも、絶対に諦めない。何度拒絶されても、あいつの心に届くまで……剣を交えてやる) 決意を胸に、和人は静かに目を閉じた。 夜の静寂の中、加湿器の微かな音と、少女の規則正しい寝息だけが、部屋に優しく響いていた。 (次章へ続く)
- Modus
- lite
- Größe
- 768 x 1280
Verwendetes Modell und LoRA
Ähnliche Bilder
Mehr anzeigen星空星蘭
星空星蘭
character: asuna_(sao), kirito. A tender, medium shot from a side-angle captures a scene in a dimly lit, modest bedroom. Asuna, with her long chestnut hair, is wearing a soft domestic apron over her clothes, gently cradling a young girl with long black hair who is fast asleep in bed. The sleeping girl has a pale complexion and a damp towel resting on her forehead, her expression peaceful yet fragile. Kirito, with his short black hair, stands beside the bed, looking down at the girl with a soft, protective gaze, his hand gently resting on the edge of the mattress. The room is sparse and devoid of personal belongings, with a small humidifier emitting a faint mist beside the bed. The lighting is soft and muted, with cool tones from the night outside contrasting with the warm, amber glow of a bedside lamp. The atmosphere is deeply emotional and intimate, conveying a sense of healing and quiet guardianship.
星空星蘭
星空星蘭
Kommentare