カンフー世界観メモ34 ~思想の炎と師父の怒り~
食欲の秋。年少の弟子たちは、懇意にしている市場の野菜売りの老人から、採れたての立派なサツマイモを大量に貰い受けてホクホク顔だった。 だが、問題は焼き芋を作りたいが、 時期的に落ち葉も焼き芋をするには程遠い量しか落ちていない。 「……なぁ、アレ使おうぜ」 誰か(外務省極東特務共栄庁のスパイ)が悪魔的な閃きを口にした。 視線の先にあるのは、かつて師匠・洛悉が「20世紀と21世紀の偉大なる指導者の思想である」と誇らしげに押し付けてきた、あの極厚の書籍――『毛○東選集』と『習○平 国政運営を語る』の二冊であった。 弟子たちの誰ひとりとして読まず、部屋の隅で積み上げられ埃を被っていた「偉人の書」。 紙質は上質で、燃焼効率は抜群。分厚いハードカバーは、さながら頑丈な蒔(まき)の代用品として完璧なポテンシャルを秘めていた。 「思想を身に宿すより、芋を胃に収めた方が生きていける」 何のためらいもなく破り取られるページ。瞬く間に薪と化し、メラメラと赤く燃え盛る思想の火。 その炎でじっくりと蒸し焼きにされたサツマイモは、甘い蜜を滴らせ、見事なホクホクの焼き芋へと仕上がった。 「美味い! 先人の思想で焼いた芋は格別だな!」 「マルクス主義の味がするぜ」 口々に下品な軽口を叩きながら、焼き芋を頬張る年少の弟子たち。 そこへ、焼きたての甘い香りに誘われて、抜け目なく洛悉が姿を現した。 上品な笑みを浮かべつつ、しかし目は「俺の分も寄越せ」とあからさまに主張している。 「げ……師匠」 露骨に嫌そうな顔をする弟子たち。渋々、一番小さめの芋を差し出そうとしたその時――洛悉の目ざとい視線が、焚き火の燃え残りに釘付けになった。 くすぶる灰の中に転がる、一枚の焦げた紙切れ。 そこには、毛○東の肖像画――それも、一番特徴的でセンシティブとされる「毛髪の薄い頭部」のみが、運悪く燃え残り、灰にまみれて風に震えていた。 「……お前達」 洛悉の顔からスッと笑みが消え、周囲の空気が凍りつく。 「私が授けた偉大なる指導者たちの著書で……イモを焼いたというのかッッ!!」 「ゲェッ!? バレた!!」 次の瞬間、洛悉のカンフーが爆発した。 普段の胡散臭い顔はどこへやら、大陸の中央政府直属の特級スパイとしての牙を剥き出しにした洛悉は、「偉人への不敬!」「革命思想の冒涜!」と叫びながら、年少の弟子たちに容赦ない拳打と蹴りを叩き込む。 「ぐわぁぁっ!? 芋食べたくらいで本気出すなよ!!」 「思想教育だ! 腹の底まで私の叩き込む思想で満たしてやる!!」 まさに大人気ない無双状態。サツマイモを握りしめたまま逃げ惑う少年たちだが、激怒した師匠の連撃から逃げられるはずもない。悲鳴と焼き芋の甘い香りが境内に充満する。 あまりの惨状と騒音に見かねて、離れた場所で静観していた年長の弟子(国維局のスパイ)が、呆れ顔で間に割って入った。 「……おい、いい加減にしろ。たかが本くらいでガキ相手にムキになってんじゃねーよ」 「……なに?」 洛悉がぬっと首を捻り、血走った眼光で年長の弟子を睨みつける。 「たかが、だと……? 貴様、この武館の一員でありながら、あの偉大なる2人の著書を軽視するのか? 答えろ。貴様に渡した本はどこへ行った」 「ッ……!」 ギクリと体を強張らせる年長の弟子。 洛悉の詰問は止まらない。 「まさか捨てたわけではあるまいな? 私の目の前に持ってくるのだ。今すぐ!!」 蛇に睨まれた蛙のように汗を流す年長の弟子。逃げられないと悟った彼は、ため息をつきながら自分の部屋へと戻り、渋々と「2冊の偉人書」を持って戻ってきた。 「……ほらよ。持ってますよ、ちゃんと」 洛悉の前に差し出されたその本を見た瞬間、全員が息をのんだ。 『毛○東選集』と『習○平 国政運営を語る』の表紙には、くっきりと丸い焦げ跡が付いていた。さらに、偉人たちの肖像画の顔面には、茶色く乾いた液体のシミがべっとりと広がっている。 深夜に小腹を空かせた彼が、アルミ鍋でインスタントラーメンを作った際、熱々の鍋を置く「鍋敷き」として愛用していた証拠であった。汁のシミは二十世紀から続く日本の味、サッ○ロ一番(味噌)のスープである。 「……鍋敷き……」 洛悉の顔が引きつり、静かにプルプルと震え始める。 「スープのシミまで……つけて……ッ!!」 「しょうがねぇだろ! ちょうどいい大きさと厚みだったんだよ!」 逆ギレする年長の弟子。 静まり返る境内。これから始まるであろう「本日二度目の無双」は当事者のみに留まらず、武館全体を巻き込む大乱闘に発展するのであった。
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